バイオリン ビオラ チェロ 基本の取り扱いガイド 保管編
気温と湿度 季節ごとの注意点と対策
弦楽器は、そのほとんどが木材で作られていますので、気温や湿度によって様々な変化や影響があります。
楽器を保管する環境について最も分かりやすく言うと、
- 人間が快適に感じる気温や湿度が、楽器にとっても良い環境である
個人差はありますが、このように覚えておくと楽器のことも気にかけやすいのではないでしょうか。
そして最も気を付けるべきことは、「乾燥」と「高温」です。
季節ごとに詳しく見ていきましょう。
梅雨
梅雨の時期は、高い湿度に影響されます。具体的には、以下の様な症状が発生します。
① ペグがかたくなる
木が湿気を吸って膨張するため、ペグが回し辛く (=かたく) なります。
② 弦高 (弦から指板までの距離) が高くなる
湿気を吸い、指板が表板側に下がります。弦高が高いと、左手の運指の際、弦が押さえづらくなります。
③ 発音が重く (鈍く) なる
弓を乗せて動かし始めてから音が出るまでのタイムラグが通常よりも多く起こります = 発音が鈍くなります。
また、多湿が続くと
④ 木と木の接着面にはがれが生じやすくなる
①~③の症状が「梅雨に入ってから気になりだした」ということであれば、高い湿度の影響によるものですので、湿度調整剤をケースに入れて、湿度管理をしましょう。
梅雨の時期は基本的に、調湿をしつつうまく付き合って行くしかありませんが、ペグがかたくて動かない、弦高が高すぎて左手が痛い、など手に負えない様でしたら、楽器店にご相談ください。
夏
高温、直射日光の当たる場所に置くことは絶対にしないようにしましょう。夏場の車の中などは厳禁です。
ニスや楽器に変形が生じたり、最悪の場合は接着面のニカワが緩み、楽器がバラバラになることもあります。
やむを得ず車で運ぶ時は、白い布や銀色のシートをかけて直射日光と高温を防いでください。可能な限り、長時間車の中に楽器がある状態を作らないようにしましょう。
冬
乾燥する冬場が、楽器にとって最も危険な季節です。
木の水分が抜けて収縮しますので、トラブルが起きやすく、またその内容も楽器にとって危険なものが多いです。
① ペグが止まりにくくなる
調弦がしづらい他、保管中にペグが動いて弦が緩み、駒や魂柱が倒れるといったトラブルも連動して生じます。
② 指板が上がり、弦高が低くなるため雑音が出る
湿度の高い時期と、反対のことが起きます。
③ 乾燥に耐え切れず板が割れる
多少の乾燥であれば、接着面のニカワがはがれることによって板が割れることを防いでくれますが、極度の乾燥、また急激な乾燥に晒されると、板は耐え切れずに割れてしまいます。
人間も湿度が35%を切ると、のどがヒリヒリしたり、肌が乾燥するのを実感したりするのではないかと思います。楽器と人間のためにも、部屋の湿度を上昇させましょう。ケースの中に入れるタイプの加湿アイテムも手軽でおすすめです。
ダンピットの使い方
たらいなどに水をはり、ダンピットの本体を10分ほど沈めて水を吸わせます。
水から上げたらタオル等で軽く押さえ、表面の水滴や余分な水分を拭き取ります。楽器の f 字孔から差し入れて加湿します。
楽器の中に入れるタイプですので、楽器内に水滴が滴るようなことが無いよう、余分な水分はしっかり落としてから使用しましょう。
1~2日おきに水分の補充が必要です。
オアシスの使い方
本体内には粉状のシリカゲルのようなものが入っています。水道水を入れることによりゲル状になり、布面より湿気を発散します。水漏れの心配がないため、ダンピットより扱いやすい製品です。
2~3日おきに水分の補充が必要です。また、チェロケースには2つ入れて置いた方がより効果があります。
虫対策
※虫の画像は出てきませんのでご安心ください
「虫」という字を見るだけでも気分の悪くなる大の虫嫌いな私が、あえてこの話題を上げますのは、この仕事をしていると結構な確率で遭遇すること、そして楽器を長く嗜まれている方でも、被害にあってみて初めて知るという方が意外にも多いからです。
まず初めに申し上げますと、「弓の毛を食べる虫は毛糸やシルクなどを食べる虫と一緒」ということ。つまり、どこにでもいる、どなたでも被害にあう可能性はあるということです。
さて、どのような状況下で被害にあうのか。
虫の専門家ではありませんので詳細な虫の生態は分かりませんが、虫の気持ちになって考えてみると、
「適度に暖かく湿度が保たれており、薄暗くて、滅多に敵も来ないから落ち着けて、美味しい食べ物のある空間」
は、最高に居心地の良い住居ではないでしょうか。
実際、弓の毛が食われている状態でお越しになるお客様は、その多くが共通して、「久しぶりにケースを開けたらこうなっていた!」と言われます。
つまり、毎日ちゃんと楽器を出して練習していれば問題ないってことですね!
理想を言えばそうですが、どうしてもしばらく楽器を弾く機会が持てないということもよくあると思います。また、分数サイズの使わなくなった楽器も、滅多に開けることはないといった方も多いのではないでしょうか。
しばらく弾かない楽器でも、たまにケースを開けて様子を見てあげてください。これは虫害に限らず、経年変化で発生するはがれや、ペグの緩み等で駒や魂柱が倒れていないかの確認にもなります。
防虫剤を入れておくのも安心材料の一つです。
防虫剤を入れる場合は、楽器や弓に直接触れない位置に入れるようにしましょう。ニスは楽器毎に様々な素材が使われており、防虫剤の成分がどのような影響をもたらすか不明なためです。
虫害かどうかの判断
ケースを開けたら毛が切れていた = 力を加えているわけでもないのに毛が切れている、という場合は、ほとんど虫の仕業と考えてください。
犯行現場に遭遇することは稀で、大概は夜逃後のことが多いため、現場の状況証拠で判断します。
切れた毛の切り口の形状
切り口が先細りになっていたり、ぼそぼそしています。
粉
食べカスの様に、粉状のものが楽器やケースに付着します。松やによりも粒子が粗いため、見分けはつきます。
抜け殻
ご当人がいなくても、抜け殻がケースのあちこちに付着していることがあります。
虫がいたことが分かったら
虫自体がすでにいなくても、卵の置き土産がある可能性があります。完全に追い出す事は難しいかもしれませんが、下記の方法をお試しいただいています。
① 掃除機をかける
楽器と弓を安全な所に避難させ、隅から隅まで掃除機を念入りにかけます。クッションの隙間や、弓を差し込む袋状の中まで、とにかく根気よくかけます。
② 日影干しをする
天気の良い日に、風通しの良い場所で日影干しをします。
③ ①と②を数回繰り返す
④ ダメ押しで防虫剤を入れておく
チェロのソフトケースの場合、面積が広い上に厚いクッションの中までは手入れが届きにくいため、残念ながら完全な追い出しは難しいかもしれません。
予告では「保管・セルフチェック編」とお伝えしておりましたが、思いのほか虫の話が長くなったため、分けさせていただきました。
ちなみに筆者も馬毛を虫に食われた経験があります。ケースを開けなかった期間はわずか1ヵ月。今思えば、梅雨のじめじめ、暗い押入れ、犬や鳥のいる環境…など条件が揃いに揃っていました。
保管方法の不備によって発生した、ニスの変質や楽器の割れ、馬毛の虫食いなどは、想像以上にショックをうけるものです。修理の費用も期間も、たくさんかかります。
正しい保管方法を実践して、トラブルを未然に防ぎましょう。